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漫画『外天楼』(石黒正数)

 読み終えて震える程の漫画はそうそう存在しない。それも、こんなにも線の綺麗な絵柄で、誰にでも取っつき易い内容であるにも関わらず、鋭い切れ味を持った作品となると、他に思い当たらない。

 私が初めて読んだ石黒正数の漫画は『それでも町は廻っている』でした。呑気な女子高生の日常をユーモア溢れるタッチで描く良作です。絵がとても上手く、ライトなユーモアセンスと読みやすいストーリー展開に、とにかく達者な漫画家だなぁと感心し、他の作品も読みたくなりました。
 それで次に手にしたのが、この『外天楼』。全9話からなる短編連作で1冊完結です。ミステリ/SFを扱うのメフィスト誌で2009年~2011年にかけて連載されていたそうです。
 外天楼と呼ばれる古く奇妙な集合住宅が舞台となっており、各話毎に主人公が変わる。少年アリオと友人たちが全知全能を振り絞ってエロ本を獲得しようとする第1話から、宇宙刑事と謎の探偵が活躍する第2話、高スペックロボット欲しさに手持ちのオンボロロボを廃棄してしまい悲しみにくれる女の子が主役の第3話、勢いと調子の良さだけで突き進む新米女性刑事の桜場が活躍しそうで活躍しない第4話、人口生命研究の権威が殺されまたまた桜場刑事が独走してしまうギャグ度高めな第5話と、その殺人事件に進展が見える第6話。この辺りまでは良く出来た1話完結マンガ。
 だが、ここからの怒涛の展開が凄まじい。ネタバレになるのでこれ以上は書けない…。是非読んで見て!としか書けない。特に、伏線が綺麗に回収される話が好きな方にとっては、間違いなく至高の1冊となるはずです。まぎれもない傑作マンガです。

[ 外天楼 / 石黒正数 ]





[ 他のオススメ石黒正数作品 ]

★関連記事(アフタヌーン四季賞出身関連)
 →漫画『アンダーカレント』(豊田徹也)
 →漫画『茄子』(黒田硫黄)
 漫画『虫と歌』(市川春子)
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漫画『アンダーカレント』(豊田徹也)

 2004~2005年にかけて月刊アフタヌーン誌に連載されていた1完完結の漫画で、ゆったりと進んでいく物語を通した大人の心理描写が非常に上手い作品。1ページ当たりの情報量(絵やセリフ)は少な目であり、往年の日本映画的な静謐な抒情、人物の意識と無意識の境目を読み手にも感じさせる「間」がうまく表現されています。

 主人公は、実家の銭湯を継いだ20代後半くらいの女性かなえ。彼女は、夫と共に銭湯を共同経営していたが、2ヶ月前に何の前触れも置手紙もなく突如夫が失踪し、途方に暮れて銭湯も休業していた。日常を取り戻すべく、また常連さんの要望もあり、とりあえず銭湯を再開したところから物語は始まります。銭湯組合からの紹介で銭湯の手伝いをすることになった男性や、ちょっとした切っ掛けで夫の件の調査依頼をすることになった探偵らと触れ合っていくうちに、かなえは、大学時代からの長年の付き合いであった夫、人柄も良く銭湯のお客さんからもおしどり夫婦と思われていた夫のことを、表面的にしか理解していなかったことに気づき始めます。
 また、気丈に振る舞うかなえですが、「泣いているかなえの元に誰かが現れ、優しくなぐさめてくれ、その誰かにゆっくりと首を絞めながら深い水の中に沈められる」という夢をよく見て、自分はそれを求めていると考えている、深層心理の暗さも明らかになってきます。

 物語は緩やかに流れていき、すっきりとした結末を迎えます。読後は、ひとつの良作映画を見終えたときのように、暫くぼんやりと感慨に耽ってしまうような作品です。
 家族であれ、夫婦であれ、恋人であれ、誰かを理解するとはどういうことなのでしょう?

 タイトルになっている"undercurrent"という単語には、"意識下"という意味があります。また、ビル・エヴァンス&ジム・ホールによる繊細な美しさに満ちたジャズアルバム『undercurrent』とも掛けていると思われます。単行本の表紙もそうですが、作中にも、アルバムジャケット写真を引用したカットが何度か現れます。

[ undercurrent / Bill Evans & Jim Hall ]



 作者の豊田徹也は、2003年に「ゴーグル」という作品でアフタヌーン誌の四季賞を受賞してデビューしました。寡作な漫画家で、この『アンダーカレント』の連載終了2005年以降、2008~2009年に『珈琲時間』というこれまた穏やかなオムニバス作品をアフタヌーンに連載していたのを除くと、たまに読み切り漫画を発表している程度です。このひとの漫画をもっともっと読みたいのですが。。
 それにしても90年代以降の四季賞デビュー組の実力派っぷりは本当に凄い。黒田硫黄、漆原友紀、市川春子、芦奈野ひとし、沙村広明、ひぐちアサ、五十嵐大介、木村紺、小原愼司、石黒正数、真鍋昌平、篠房六郎…。これからも、真に良質な作品を描ける漫画家を発掘できる賞で在り続けて頂きたいです。





★関連記事(アフタヌーン四季賞出身関連)
 →漫画『外天楼』(石黒正数)
 →漫画『茄子』(黒田硫黄)
 →漫画『虫と歌』(市川春子)

漫画『プラネテス』(作者:幸村誠)

 『プラネテス』はモーニング誌に2000~2004年にかけて不定期されていたSF漫画です。全4巻。SFといっても、宇宙戦争でドンガシャンとか退廃した世界でのサバイバルといったものではなく、人間がごく当たり前に宇宙に進出している未来を舞台に、淡々とした日常が描かれています。「淡々と」とは言え、作者の幸村誠は現在アフタヌーンで「ヴィンランド・サガ」というヴァイキングたちの壮大なドラマを描いているくらいで、その淡々とした日常の中にしっかりとしたドラマが織り込まれいるのも魅力のひとつ。

 主人公の「ハチマキ」君は、デブリ回収用の宇宙船に乗ってスペースデブリ(宇宙空間に漂うゴミ)を回収する宇宙掃除屋さんで、直観的に行動してしまうタイプの青年。それを抑える役割の女船長のフィー姐さんも、何かのきっかけでプツンと切れると誰にも止められない暴走タイプ。新米の同僚タナベは自分の信じることを頑なに突き通して他人の考えを受け入れられない女の子。常識人はユーリというロシア人の同僚くらい。作中にはあまり描かれていませんが、ユーリが重しとなって頑張ってるんだろうなあ。その他の人物も含め、登場人物1人1人が皆とても魅力的に動き回ります。それって漫画の面白さを決定づける、最も重要な要素のひとつだと思うんですよね。

 物語としては、彼らのデブリ回収の日々を通して、時には真剣にもうひとりの自分(自身の矛盾や恐怖が実在化した存在)と向き合い、時にはハチャメチャに暴れまくり、時には穏やかな日々を過ごしたり、時には大きな事件に巻き込まれたりと、基本的には1話完結型で描きながら、物語が徐々に進行していく形式になっています。
 読んだ方しか分からないと思いますが、第3話の最後でフィーがようやく吸えたタバコを手に、海上に浮きながら「生きてるってすばらしいね」って勝手なことを言うシーンがとても好きです。

 そして、ハチマキ君と中心とした彼らの物語には、一本貫かれたテーマが描かれています。それは「愛」!!甘ったるい愛なんかじゃありません。宇宙への愛、同僚への愛、家族への愛、自己への愛、夢への愛、愛への愛。表面的に「愛」を言葉にしちゃうのは新米タナベくらいなのですが、他の登場人物の行動や発言の裏にも様々な形の愛が現れています。希望に満ちた愛もあれば、闇に引きずり込まれそうな暗い愛も。ある場面で、宮沢賢治の詩が引用されている箇所があります。この漫画からは賢治の思想に近い愛の形を感じます。
 このプラネテスという作品、アニメ化もされているのですが、私は未だ観ていません。漫画版、アニメ版共に星雲賞(SFの権威ある賞)を受賞しており、アニメ版も評判が良さそうなので近々観てみたいと思います(DVD化されています)。



        
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