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漫画『アンダーカレント』(豊田徹也)

 2004~2005年にかけて月刊アフタヌーン誌に連載されていた1完完結の漫画で、ゆったりと進んでいく物語を通した大人の心理描写が非常に上手い作品。1ページ当たりの情報量(絵やセリフ)は少な目であり、往年の日本映画的な静謐な抒情、人物の意識と無意識の境目を読み手にも感じさせる「間」がうまく表現されています。

 主人公は、実家の銭湯を継いだ20代後半くらいの女性かなえ。彼女は、夫と共に銭湯を共同経営していたが、2ヶ月前に何の前触れも置手紙もなく突如夫が失踪し、途方に暮れて銭湯も休業していた。日常を取り戻すべく、また常連さんの要望もあり、とりあえず銭湯を再開したところから物語は始まります。銭湯組合からの紹介で銭湯の手伝いをすることになった男性や、ちょっとした切っ掛けで夫の件の調査依頼をすることになった探偵らと触れ合っていくうちに、かなえは、大学時代からの長年の付き合いであった夫、人柄も良く銭湯のお客さんからもおしどり夫婦と思われていた夫のことを、表面的にしか理解していなかったことに気づき始めます。
 また、気丈に振る舞うかなえですが、「泣いているかなえの元に誰かが現れ、優しくなぐさめてくれ、その誰かにゆっくりと首を絞めながら深い水の中に沈められる」という夢をよく見て、自分はそれを求めていると考えている、深層心理の暗さも明らかになってきます。

 物語は緩やかに流れていき、すっきりとした結末を迎えます。読後は、ひとつの良作映画を見終えたときのように、暫くぼんやりと感慨に耽ってしまうような作品です。
 家族であれ、夫婦であれ、恋人であれ、誰かを理解するとはどういうことなのでしょう?

 タイトルになっている"undercurrent"という単語には、"意識下"という意味があります。また、ビル・エヴァンス&ジム・ホールによる繊細な美しさに満ちたジャズアルバム『undercurrent』とも掛けていると思われます。単行本の表紙もそうですが、作中にも、アルバムジャケット写真を引用したカットが何度か現れます。

[ undercurrent / Bill Evans & Jim Hall ]



 作者の豊田徹也は、2003年に「ゴーグル」という作品でアフタヌーン誌の四季賞を受賞してデビューしました。寡作な漫画家で、この『アンダーカレント』の連載終了2005年以降、2008~2009年に『珈琲時間』というこれまた穏やかなオムニバス作品をアフタヌーンに連載していたのを除くと、たまに読み切り漫画を発表している程度です。このひとの漫画をもっともっと読みたいのですが。。
 それにしても90年代以降の四季賞デビュー組の実力派っぷりは本当に凄い。黒田硫黄、漆原友紀、市川春子、芦奈野ひとし、沙村広明、ひぐちアサ、五十嵐大介、木村紺、小原愼司、石黒正数、真鍋昌平、篠房六郎…。これからも、真に良質な作品を描ける漫画家を発掘できる賞で在り続けて頂きたいです。





★関連記事(アフタヌーン四季賞出身関連)
 →漫画『外天楼』(石黒正数)
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