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小説『秋の花』(北村薫)

 『秋の花』は、「日常ミステリ」というジャンルに属する北村薫の小説「円紫さんと私」シリーズの3作目。

 私はこの「円紫さんと私」シリーズが大好きで、その中でも4作目にあたる『六の宮の姫君』が特に気に入っているのですが、改めて1作目から読み返してみると3作目『秋の花』もとても美しい作品でした。

 まずはこのシリーズの紹介から。
 主人公は、文学大好きな本の虫で、恋愛などとはご縁のない、国文専攻の女子大生「私」。ひょんなことから、かねてからのファンであった落語家の円紫さんと知り合う。主人公は、大学の友人やご近所さんらと触れ合いの中で様々な「謎」(摩訶不思議な謎から、ともすると見過ごしてしまいそうな小さな謎まで)に出くわし、頭を悩ませる。そんな謎を円紫さんがずばりと解いてすっきりすっきり、という構成の連作。作者の文章力の高さと軽い文体のおかげでとても読み易い。

 主人公の何てことのない日常生活が物語の中心であり、文学や落語についての小難しい内容も所々に挟まれ、また解かれる謎の方もほとんどが日常の中の些細な謎であるが故、いわゆるミステリ小説の「解決不能に思われる難問が名推理で解かれる気持ち良さ」を期待して読むと、きっと肩透かしを食らう。が、そんな日常の謎の裏に、殺人犯の動機などよりもずっと深く暗い想いが隠されていることが明らかにされ、淡々とした日常との対比に背筋がぞくりとすることも。
 また、この「主人公の日常生活」が非常に瑞々しく、かつ友人である正ちゃんと江美ちゃんの魅力や、四季の移り変わり、登場人物たちの心情の機微がとてもうまく描かれており、どの話も読後にはそれぞれの満足感があるのです。

シリーズ1作目『空飛ぶ馬』(短編集)
 シリーズ初作となる「織部の霊」は主人公が円紫さんと出会う重要な作品ではあるが、物語的にも推理にもあまり面白味を感じない。「砂糖合戦」では少女によるちょっとした企みを円紫さんの推理で未然に防ぐ。日常のミステリという、このシリーズの特徴がよく表れている作品。「胡桃の中の小鳥」で、今後の作品を彩る正ちゃんと江美ちゃんが初登場。推理にはちょっと無理があるように感じるが、蔵王旅行ものとして、そして少し悲しい物語として良く出来ている。「赤頭巾」はこの本の中では最も好きな一遍。冷たくぞくっとする感情と、鮮やかな緑と赤の色彩のコントラストが素晴らしい。表題作「空飛ぶ馬」は小説としては普通だが、心温まる物語であり、後味良く終わる。
表紙絵は高野文子!


シリーズ2作目『夜の蝉』(短編集)
 「朧夜の底」では正ちゃんがバイトする書店で起こる謎を解く。正ちゃん、江美ちゃんと掛け合いが楽しい。「六月の花嫁」では、主人公が1年前に訪れた、知人の所有する軽井沢の別荘で起こった可愛らしい悪戯のような謎を円紫さんがずばり言い当てる、ほのぼのミステリ。表題作「夜の蝉」は、主人公の美人姉の恋愛と彼女が遭遇した事件を通して、主人公と姉が幼かった頃の本音を語り合う。事件の裏に隠されていた人間の負の感情と、姉と妹の間に存在していた壁が温かく融解していく様が対照的でとても良く出来た作品。


シリーズ3作目『秋の花
 シリーズ初の長編にして初めて人の死がテーマとなる。主人公が幼い頃から知っている後輩の女子高生が、文化祭を目前に学校の屋上から転落死したのである。亡くなった女子高生には幼馴染で仲の良い同級生がいたが、事件のショックで不登校となってしまう。それと期を同じくして、主人公の家のポストに謎の手紙が。…という所謂ミステリらしい設定ではあるが、シリーズの特徴を踏襲した主人公の日常を中心として描かれる。ネタバレになるので多くは書かないが、人の強さと弱さを突き付けられた後での前向きなラストシーンには、私のようなだらけた人間でも背筋がピシッと伸びる。ような気がする。それにしてもこの作品で描かれる秋という季節の美しさと悲しさといったら!!


 ちなみに、北村薫さんはこのシリーズのデビューしたのですが、当初は顔を公表していませんでした。そのため、描かれている女子大生の日常のリアルさから、作者は現役の女子大生なのではと思っていた読者も多かったらしく、実際はオジサンだったのでショックを受けたファンもいたのだとか。でも、この文学知識の超豊富な女子大生がリアルかと言われると…?てな感じではありますが。

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