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アルバム『トロピカリア』(ジルベルト・ジル、カエターノ・ベローゾ他)

Tropicalia: Ou Panis et Circenses / Gilberto Gil, Caetano Veloso, Gal Costa & Os Mutantes, Nara Leao (1968)

 68年にカエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、ガル・コスタ、ムタンチス、トン・ゼーら当時の新進気鋭のブラジリアン・ミュージシャンと、既に一定の評価を得ていたボサノヴァ・シンガーのナラ・レオンも加わって制作されたアルバムです。このアルバム『トロピカリア』は、バイーアやノルチデス(ブラジル北東部)の伝統的音楽やボサノヴァに、エレキギターなど英米ロック(特にビートルズの『サージェント・ペッパーズ~』)的な表現を取り入れた革新的なものでした。現代の感覚で聴くと、特に実験的な印象はなく、良質なMPBアルバムとして聴くことができます。

 1曲目のジルベルト・ジルによる"Miserere Nobis"では、アルバムの幕開けに相応しくトロピカリアが高らかに歌い上げられます。2曲目のカエターノ・ヴェローゾによる"Coracao Materno"は、コルコバードの丘からのリオの眺めを思わせるようなスローで美しい曲。3曲目はサイケバンドであるムタンチスの本領が発揮された楽しげな"Panis Et Circenses"。続く4曲目はナラ・レオンの"Lindoneia"、さすがの表現力でしっとりと情緒たっぷりに歌われる佳曲です。そして、ガル・コスタ、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、ムタンチスらによる、このアルバム中でも白眉の1曲である5曲目"Parque Industrial"は、まるでサーカス・テントのなかで繰り広げられる狂騒と幻影のようなサイケデリックな色彩に魅惑されてしまう名曲!
[Tr.5 Parque Industrial (youtube)]

 しかし、このアルバムの背景は、そんな呑気なものではないのです。このアルバムの発表を機に始まった「トロピカリズモ」運動はカエターノとジルベルト・ジルに牽引される形で音楽分野だけでなく社会的・文化的なムーブメントへと広がっていくのです。言ってみれば当時欧米を中心に熱気を帯びていたカウンター・カルチャーのブラジル版なのですが、カエターノによると「ただ、すごくブラジル的というか、トロピカルな色彩の強いものだった」とのこと。ブラジルでは64年のカステーロ・ブランコ将軍のクーデター以来軍事政権が続いており、若者たちはトロピカリズモの名のもと自由と刺激、解放を求めるようになっていきます。その動きの中心人物とされたカエターノとジルは逮捕され、ロンドンへの亡命へまで発展しましたが、マリア・ベターニア(カエターノの妹)やガル・コスタらがその後のトロピカリズモを担い、積極的な活動を続けたのです。
 …という背景を知って聴いても知らずに聴いても、名盤は名盤なのであります。

 また、現在では大物MPBミュージシャンになった彼らが一堂に会したジャケット写真も、ブラジル音楽好きなら見ているだけでワクワクするものがあります。
 一番下で地べたに座っているのがジルベルト・ジル、中段で椅子に座っているの真ん中の女性がガル・コスタ。立って写真を持っているのがカエターノ・ベローゾ(写真に写っているのがナラ・レオン)、その右に立っている女性はムタンチスのメンバーだったヒタ・リー、一番右に立っているがトン・ゼー。


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