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映画『憎しみ』(監督:マチュー・カソヴィッツ)

La Haine / DIR:Mathieu Kassovitz [フランス, 1995, 94m]

  "50階から飛び降りた男がいた
  落ちながら彼は確かめ続けた
  ここまでは大丈夫
  ここまでは大丈夫
  ここまでは大丈夫
  だが大事なのは落下ではなく――
  着地だ "
  (作中のユベールのセリフ)

 90年代フランス映画の大傑作。これほどまでにヒリヒリとした、あの時代の空気感をフィルムに焼き付けた映画は後にも先にもない。
 カンヌ映画祭で監督賞、セザール賞では最優秀作品賞を受賞している。

 舞台はパリ郊外の移民や低所得者の暮らす団地。あるアラブ人の青年アブデルが警察に虐げられ重体となった事件がきっかけで、移民系の若者たちを中心とした暴動に発展する。
 モノクロームのフィルムで映し出されるその暴動の様から映画は始まる。ボブ・マーリーの"Burnin' & Lootin''"が流れる。ひとりで扇町ミュージアムシネマでこの映画を観ていた私は、このシーンで既に鳥肌がたった。90年代グランジ以降のヒリヒリした感触がそのままスクリーンから伝わってくる。サイード、ヴィンス、ユベールという3人の若者が、行き詰った現状のクソみたいな生活を脱したく、しかし何もできないイライラが、短いカットのフィルムで切り取られる。

 3人の主役はパリ郊外のリアルな若者だ。サイード・タグマウイの演じるアラブ系移民のサイードは、喧嘩っ早い上にビビりやすい。思考はガキっぽいところがあるが、なんだかんだで3人の中心にいる。
 ヴァンサン・カッセル演じるヴィンスは、キレやすく暴力的な性格。彼は件の暴動のさなかで警察の拳銃を手に入れ、拳銃を所持することでさらに気が大きくなり暴走しがちになる。それを抑えるのがユベール・クンテ演じる黒人のユベール。現状に強い不満を感じてはいるが、この中で最も現実的で大人な性格の持ち主。

 彼らは、こんな世界をぶち壊してやりたいと思っている(作中で"世界は君たちのもの!"と書かれた看板が2度映る。2度目はサイードが"世界はオレたちのもの!"に書き換える)が、しょせんはただのワルガキども。警察に楯突いてみたりするが、勝てるわけもないし、例え警察をぶん殴ったところで結果世界は何ひとつ変わらない。それでも楯突かずにはいられない。しかし、どうやったっていい方向になんて進みようがないのだ。
 3人でパリの街に出た際、ビルの屋上でユベールが口にするのが記事冒頭に書いたセリフだ。現状を脱しようと彼らは足掻いている。足掻けば足掻くほど落ちていく。どこかで諦め、着地をしなくてはならない。地面に叩きつけられる前に。
 パリで終電を逃し、始発まで時間を潰している間に、重体だったアブデルが死んだというニュースが街のテレビから伝えられる。それを見ていた彼らの中で何かが切れたであろうが、3人は黙っている。そして、この映画のラスト5分間のシーン――パリのごろつきに銃を突きつけるヴィンスのやりどころのない憎しみ、ヴィンスを救うユベール、郊外の町に戻り駅から出たところで3人が分かれようとした直後の出来事、この5分間に映画の全てが凝縮される。エンドロールの最中もずっと、自分の中で何かが震えて続けていた。


[ 憎しみ DVD ]

[ 憎しみ Bru-ray ]



 映画のサントラも、マイナーだけどカッコいい。 でもやはり、群を抜いて"Burnin' & Lootin'"のカッコ良さが目立つ。それならいっそボブ・マーリーのアルバムを聴いてしまえ。すげえぞこれも。この曲が収録されているボブ・マーリーのアルバムは『Burnin』かライブ盤『Talkin' Blues』。

カフェオレ/憎しみ Original SoundTrack
BMGビクター (1996-09-21)
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 急に話が変わるが、私が新入社員として配属されたグループで自己紹介をしたとき、映画が好きだと言うと、どんな映画を観るのかと聞かれた。「フランス映画が好き」だなんて言うと気取った奴だと思われるかと不安になりながらも、好きなものはしょうがないのでそのまま言った。杞憂だった。上司は『ぼくの伯父さん』の大ファンであり、先輩はヨーロッパ各地を放浪しながら各地の映画を観ている人だった。特に好きなフランス映画としてこの『憎しみ』を挙げると、その先輩は強く賛同してくれた。彼曰く、フランスには何度か行ったが、あれが本当のパリとパリ郊外の姿だ、と。
 そこの頃、私はこの映画のDVDが欲しくて探したものの廃盤になっており、しかし諦めきれずオークションでプレミア価格の1万数千円で買った。が、直後にリマスター版DVDが2980円でリリースされた…。でも後悔はしていない。私にとっては、1万数千円以上の価値のある映画なのだ。ちなみに現在はブルーレイにもなっている。

 この映画は、マチュー・カソヴィッツ監督の長編2作目にあたる。監督1作目の『カフェ・オレ』は、同作と同じくヴァンサン・カッセルとユベール・クンテが出演しているラブコメ。人種差別問題を汲み入れながらも、さらっと軽く良質のコメディ映画にしてしまうあたり、器用な監督なんだなあと思う。その後の活躍はご存知の通り、『憎しみ』で世界中から注目され、次作『クリムゾン・リバー』が大ヒット。俳優としても成功しており、『憎しみ』とは正反対のかわいい映画『アメリ』で助演したり、トランティニャン主演のノワール映画『天使が隣で眠る夜』ではセザール賞の新人男優賞を受賞もしている。
 ヴァンサン・カッセルも俳優として大出世したが、注目を集めたのはこの映画がきっかけ。モニカ・ベルッチと結婚までしちゃったんだっけ。
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